My Favorite Travels And Places
(私の好きな旅と場所)
27.アラン諸島(Aran lslands)
その-1. 石垣(トレリス:格子)と土づくり
【はじめに】
今回は、アイルランド西部の大西洋上に浮かぶアラン諸島(Aran lslands)を訪ねます。
アラン諸島は、ゴールウェイ湾の沖あいに位置し、海の上に小高い山並みの様にも見える文字通り長い山々を表わすアラン(Aran:長い山々)の島々で、イニシュモア(Inish more).イニシュマーン(Inish maan).イニシュア(Inish eer)の3島と周辺のいくつかの岩礁からなっています。
ゲール語(アイルランド語)でイニシュ(Inish)は島を、西からイニシュモア(Inish more)と言われる大きな島、イニシュマーン(Inish maan)は真ん中の島を、そしてイニシュア(Inish heer)は東の島を表しています。
・アラン諸島 英: Aran lslands/愛: Oileain Arann
・イニシュモア:大きな島 英: Inish more/愛: Inis Mor
・イニシュマーン:真ん中の島 英: Inish maan/愛: Inis Meain
・イニシュア:東の島 英: Inish eer /愛: Inis Oirr
(愛:ゲール語)
<アラン諸島の海岸(イニシュモア)> |
アラン諸島は、絶海の孤島とも島の秘境とも言われてきましたが、紀元前の古代遺跡やケルト文化と融合した特徴のある中世キリスト教遺跡も多く残されています。
そして、今日もゲール語が日常的に使われアイルランドの中でもケルト文化が息づいている地域でもあります。
アラン諸島の地盤は、氷河時代に海底が隆起した石灰岩質の岩盤で、地表全面がこの硬い岩で覆われています。
<石灰岩質の岩盤> |
そして、土の無い島.不毛の島と言われ人々の生活は荒海と土づくりの闘いの中で築かれてきたと言っても過言ではありません。
又、アラン諸島で編まれているアランセーター(フィッシャーマンズセーター)の話もよく知られています。
<アランセーター(フィッシャーマンズセーター)> |
長い時間をかけ、命が宿り心がかよう島にはぐくんできた人々の知恵と、厳しい自然の中にも温かさと豊かさが伝わってくる、アラン諸島を2回に渡り探訪します。
その-1. 石垣(トレリス:格子)と土づくり
その-2. アランセーター(フィッシャーマンズセーター)
【アラン諸島へ】
アラン諸島の人口は、2010年現在イニシュモア約750人.イニシュマーン約250人.イニシュア約300人で、3島をあわせて約1300人です。
3島へは、対岸のロッサヴェールとドゥーランの港から船が、コネマラ空港から小型の航空機がそれぞれの島に日に数便就航していますが、冬には便数が少なくなり悪天候で欠航することもしばしばあります。
アラン諸島の中心で観光客も多いイニシュモアは、14の集落に3つの教会と小学校3校.中等教育校1校.郵便局.病院.老人ホームにスーパーが各1ヶ所、水曜日のみ開店する銀行が1行と警察官1人が駐在する島です。
(アイルランドは、日本の中学と高校を一つにした12-18歳までの中等教育制)
イニシュマーンとイニシュアは、海と空の便も観光客も少なく宿泊施設とパブが数軒ある小さな島です。
島の交通は、環境保護と狭い道路に対応した効率的な交通を維持するため、一般車両の乗り入れが規制されています。
従って観光客の交通手段は、ミニバス.馬車.レンタルの自転車か徒歩となります。
【石垣(トレリス:格子)と石積みの起源】
アラン諸島は、岩で覆われた島です。
そしてこの岩盤を砕いて積まれた高さ1mほどの石垣(トレリス:格子)が、主に農地や道路の区画と防風を目的とし、3島合わせてその延長が約1600kmに及ぶほどに延々と続いています。
<延々と続く石垣(トレリス:格子) > |
紀元前2500-1000年に築かれた砦と言われるイニシュモアのドン.エンガス(Dun Anghasa)や、その後の紀元前にこの地に移り住んだ古代ケルト人が石を積んで住んだ住居跡、又5世紀から10世紀にかけて築かれた多くの教会や修道院などのキリスト教遺跡に、こうした石垣(トレリス:格子)や石積みの技術の足跡を見ることができます。
岩盤に覆われた立地と厳しい自然に、こうした歴史の中で石垣(トレリス:格子)や石積みの技術が生まれ発展して行ったと言えます。
<紀元前の砦ドン.エンガス(Dun Anghasa)> |
<砦ドン.エンガス(Dun Anghasa)の石積み> |
石垣(トレリス:格子)には、いくつかのタイプがあります。
強風を受ける方角には、隙間無く石が積まれ、土を乾燥させるためや牧草地の風通しを良くする必要のある方角は、石が荒く積まれています。
< 風を受ける方角の石垣> |
<風を通す方角の石垣> |
アラン諸島の人々が、石垣をストーンウオール(Stonewall)と呼ばずトレリス(trellis:格子)と呼ぶのは、こうした幾つかの石垣の機能と形態に由縁しているのかもしれません。
そしてこの石垣(トレリス:格子)は、アランセーター(フィッシャーマンズセーター)のデザインのモチーフの1つともなっています。
半世紀ほど前の人々の生活は、衣・食・住の全てを自らの手でつくりだす自給自足を与儀なくされる環境にあったと言えます。
衣は、アランセータ(フィッシャーマンズセーター)を生み、食は特徴のある漁業と農業を生み生み、住は藁葺き屋根と石を積んだ住居を生み、そしてこれらはアラン諸島の原風景と伝説を生み出しています。
アランセーター(フィッシャーマンズセーター)の伝説は次回にゆだねることとし、今回は岩盤の地でどのように土がつくられ作物が栽培されて行ったかを、紐解いてみたいと思います。
【土づくり】
土づくりは、畑の予定とする平坦な岩盤の上に、土が強風で飛ばされないよう高さ約1mほどの石垣(トレリス:格子)を積み上げ囲むことから始まります。
そして、海岸から運んだ砂と海藻を敷き、その上に小さく砕いた石と岩盤の裂け目や吹き溜まりにわずかに堆積した粘土質の土を集め、これらに魚粉や家畜の糞に堆肥などを混ぜ合わせた元土をつくり敷きつめます。
こうした作業を幾重にも又、何度も繰り返えされ土がつくり始められます。
この土づくりに使われる主な海藻は、アイルランドの海岸に自生するアイリッシュ.モス(Irish moss)ともカラギーナン(Carragheenan)とも呼ばれている紅藻の一種のトカチャ(Chondrus cripus)などです。
これらの海藻は、土づくりだけではなくスープや乾燥させて保存食として島の人々の貴重な食料ともなり、又畑の肥料や家畜の飼料としても役立てられてもいました。
海藻に含まれるアルギン酸をはじめとする成分と、堆肥などに微生物が働き石灰岩や有機質の分解が進み、土が作られてゆく過程で団粒化が促進され10年程で10cmほどの厚さの土ができてゆきます。
<土壌化が進んだ岩盤> |
はじめこの土の上には、主に牧草やライ麦(黒麦)などが栽培され、羊や馬などの牧草地として、又ライ麦は収穫されパンの原料や家畜の飼料に、そして約1.5-1.7mほどに伸びた茎は住居の藁葺き屋根の材料とされていました。
放牧された羊や馬などの家畜は、海藻やライ麦を飼料に飼育され、羊からは毛糸や食肉を、皮は衣類や日用生活用品となって役立てられていました。
馬は農耕にそして人々の足となり、又その糞は肥料としてだけでなく乾燥させ燃料にも利用されていました。
屋根に葺かれた藁は、古くなると再び畑に戻し堆肥として活用され、新しい藁で葺き替えられていました。
<ようやく土に> |
牧草地として利用されながら土がつくられ、さらに10 年ほどが経過すると約20cmの厚さの土となり畑となります。 20年ほどをかけて20cmほどになった畑には、ジャガイモやビート(赤かぶ)などの野菜の栽培がはじめられます。
<野菜の育つ土に> |
【追想の島・追憶の島】
アラン諸島の自然と生活は、1940年代に港湾や空港の整備が進み高速大量輸送が可能となり、又電気と水道が引かれたことなどの近代化により、それまでの生活が一変します。
半農半漁の自給自足の生活から、年間20万人(2009年)を超える来島者を迎える観光を産業とする島に大きく変わります。
かつての土づくりや野菜作りも、本土から運ばれる人工土壌(軽量土壌)や資材により、ビニールハウスでのトマトや清浄野菜の栽培へと変りつつあります。
日用品も食料の供給も、スーパーでの調達が日常化してきています。
電気自動車が走る傍らの耕作が放棄された農地や牧草地に、藁葺きの屋根が落ち人が住まなくなった廃屋が目にもつきます。
今回の旅は、石垣や土づくりについてのガイドの話に耳をかたむけ、わずかにとどめるかつての風景と生活に目をこらし、半世紀前のアラン諸島を追想し追憶する旅であったように思えます。
時を刻むように一つ一つを積み上げ、丹念に一目一目を編んできた時の大切さを教えられる旅でもありました。
アラン諸島の原風景とその中で出会った人々の笑顔は、無常なまでに過酷な自然と闘い克服してきた人々の不屈の精神と、温かさと豊かさが静かに流れる私の好きな場所でもあります。
【参考図書】
・地球の歩きかた「アイルランド」 ダイアモンド社(2010年)
・「アラン島」John Millington Synge 著 姉崎正見 訳 岩波文庫(1995年)
・「Man of Aran -アラン-」ドキメンタリー映画 イギリス作品(1934年)
監督.撮影:Robert.J. Flahety
・「AGORAM -Aran Island・時を紡ぐ島-」9月号
日本航空インターナショナル(2011年)
・「翼の王国 -アランセーターの伝説を追って-」全日空機内誌11月号
全日空「翼の王国」編集部(2011年)
【作者プロフィール】 |
相馬正弘(そうままさひろ) |
・京都市出身 |
・設計事務所を開設し、地域計画.都市計画.公園計画を中心に活動中 |
・大学の講師として後進の指導も |
・趣味は、旅行.テニス
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新連載「My Favorite Travels And Places(私の好きな旅と場所)は ケータイ・サプリwebマガジンのための書き下ろしです。 使用されている写真の著作権は相馬正弘さんと記載されている方にあります。 |