My Favorite Travels And Places
(私の好きな旅と場所)


28.アーダラ(Ardara)


【はじめに】

アーダラ(Ardara)は、アイルランド北西部ドネゴール県( Donegal)の大西洋岸ロングロスモアー湾(Longhros More Bay)の入江にそそぐオーエントチャー川(Owentocher River)川口の丘陵にひらけた人口578人(2002年)の小さな街です。

首都ダブリン(Dubrin)からスライゴー(Sligo)まで約220km、特急列車で約3時間、ここから車で国道15号を北上しドネゴールまで約1時間、さらに国道56号を北西に約1時間でアーダラです。

ドネゴールからアーダラまで約100km、一帯はアイルランドの秘境と言われ車も人影も少なくなり、海と山との中に時折小さな街や村が点在する最果ての地の景色が続きます。

この最果ての地アーダラが有名なのは、アイリッシュ.ツイード(Irish Tweed)を代表するドネゴール.ツイード( Donegal Tweed)の故郷ゆえんです。

今回は、ツイードについて紐解きアーダラの街を探訪します。

<ツイードの故郷地図 >


<人口578人の小さな街アーダラ )>



【ツイードの起源】

ツイードの起源は、18世紀にイングランドとスコットランド境界のボーダー地方を流れるツイード川(Tweed River)流域で放牧される羊の毛を夏に刈り秋に農家の主婦が紡ぎ、農夫がその糸で織ったことに始まると言われています。

家庭で紡がれた糸で織りあげられたウール(Wool)の生地は、上品な織柄と風合いに防寒性.通気性.防水性.耐久性にすぐれる高級織物としてロンドンを始めとする都市で人気を博します。

ツイード(Tweed)は、ロンドンのバイヤー(Buyer)が商品の織物を送る書類にスコットランド語の綾織物ツウィル(Tweel)をツイード(Tweed)と誤って書き小売店に送り、この書類を受け取った店主が産地の地名のツイード(Tweed)と 思い込んだことが名前の由来となったと言われています。


【ツイードの故郷】

18世紀の同年代に、スコットランドとアイルランドにツイードの故郷と言える著名な産地が幾つか生まれています。

アーダラもその故郷の1つです。

代表的なツイードの故郷に次の4ヶ所を上げることが出来ます。

・スコットランド.ツイード川流域でチェビオット種(Cheviot)やボーダーデール種(Borderdale)などの毛糸で織られたボーダー.ツイード(Borders Tweed)。

・スコットランドのアウター.へブリディーズ諸島(Outer Hebrides Islands)のハリス島(Harris Island)を中心に飼育される羊のフェブリアン.ブラックフェイス種(Febrian Blackface)などの毛糸で織られたハリス.ツイード(Harris Tweed)。

・スコットランドのシェットランド諸島(Shetland Island)で飼育される羊のシェットランド種(Shetland)などの毛糸で織られたシェットランド.ツイード(Shetland Tweed)。

・アイルランド.アーダラ(Ardara)周辺のドネゴール地方で飼育される羊のアイリッシュ. ブラックフェイス種(Irish Blackface)などの毛糸で織られたドネゴール.ツイード(Donegal Tweed)。

< アーダラ周辺で飼育される羊アイリッシュ. ブラックフェイス種>


ツイードの故郷と言われるこの4ヶ所の産地は、いずれも家内制手工業で木製の手織り機によりツイードが織られていますが、それぞれに糸を紡ぐ羊の種類や糸を染める染料などの違いにより、織柄や風合いなどが異なりそれぞれ特徴をそなえています。

いずれのツイードも厳しい自然の中で農村や漁村の人々が生活する上での必需品として生まれてきた織物で、先回訪ねたアラン諸島(Aran Islands)のアラン.セーター(Aran sweater=Fishermans sweater)と同じ誕生の背景を持っていると言えます。

そしてツイードは、その優れた防寒性などの機能により19世紀初頭の南極探検隊やエベレスト探検隊の防寒服としても使われてもいます。

しかし18世紀から19世紀にかけての工場制機械工業の導入による産業変革により、ヨークシャ州を中心に大型の紡織機を使った紡績工業が稼動し始め、かつてのツイードの故郷は一時衰退しますが、今日再び手づくりの温かさや風合いが再認識され人気が回復してきています。


【アーダラのツイード】

アーダラの街は、メインストリートの坂道の上から一望できてしまう小さな街です。

そして、一時代前を思わせる街並みは、悠々と静かに時が流れなつかしさと安らぎとが伝わってもくる街でもあります。

有名だと言われるツイードの店と工房は、数軒でお土産物屋を入れても十軒に及びません、そしてそのほとんどが街外れにあります。

かつては、手織りが主体であった店や工房の多くが機械織りに変わり、手織り職人も数人を数えるほどだと言います。

運良くメインストリートの中ほどに店と工房を構える、数少ない手織り職人のエディ.ドハティ氏(Eddie Doherty)を訪ね見学することが出来ました。

工房の奥に鎮座する1960年代の木製手織りの機を初老のドハティ氏の手馴れた手裁きと心地よい織り音が響きツイードが織られていました。

< エディ.ドハティ氏の木製手織り機>


なんでもアーダラにある著名な店と工房は次の四軒だそうです。

・エディ.ドハティ・ハンドウイーバー(Eddie Doherty・Hand weaver)
・トゥリオナ.デザイン(Triona Design)
・ジョン.モロイ(Jonh Molly)
・ハナ.ハッツ(Hanna Hats)

<トゥリオナ.デザインの木製手織り機 >


<ジョン.モロイの木製手織り機 )>


これらの店と工房と近隣の紡績工房で織られたツイードが、ドネゴール.ツイードとして世界各地に輸出されているそうです。


【ドネゴールの高品質】

アイルランド北西部ドネゴール県の小さな街アーダラで織られているツイードが、世界に繋がっている背景には、厳しい自然に立ち向かう生活の中から生まれた織物であり、人々により育まれてきた伝統が真摯に継承されてきた由縁があるからにほかなりません。

600人に満たない小さな街で、世界に通じる高品質のツイードを織り続ける人々の思いがこもるアイルランド最果ての街アーダラは、私の好きな場所でもあります。

【参考図書】
  ・地球の歩きかた「アイルランド」 ダイアモンド社(2010年)
  ・「旅」(アイルランド美しき旅) 新潮社(2009年)





【作者プロフィール】
相馬正弘(そうままさひろ)
・京都市出身
・設計事務所を開設し、地域計画.都市計画.公園計画を中心に活動中
・大学の講師として後進の指導も
・趣味は、旅行.テニス

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ケータイ・サプリwebマガジンのための書き下ろしです。
使用されている写真の著作権は相馬正弘さんと記載されている方にあります。