特集: flânerie(そぞろ歩き)

<四季折々の京都>

第31回 大徳寺界隈

京都も新緑の時期を迎えました。

今回のフラヌリは、京都市北区紫野の静かで落ち着いたエリアにある大徳寺を巡ることにしましょう。

まずは、JR京都駅から京都市バスで「大徳寺前」に向かいます。

臨済宗大徳寺派の大本山で龍寶山と号する大徳寺は、鎌倉時代末期の正和4年(1315)に 大燈国師宗峰妙超禅師が開創した寺院です。

室町時代には応仁の乱で一時荒廃しましたが、一休和尚によって復興されたことはよく知られています。

桃山時代には豊臣秀吉が織田信長の葬儀を営み、信長の菩提を弔うために総見院を建立、併せて寺領を寄進したことで、 戦国武将の塔頭建立が相次ぎ隆盛を極めたといわれています。

バスを降り、表示に従って境内に進むと、京都でも有数の規模を誇る大伽藍がひろがっています。

境内には仏殿や法堂をはじめとする中心伽藍のほか、別院2寺、塔頭22寺が立ち並び、それぞれ貴重な、 建築、庭園、美術工芸品が多数残され近世寺院の雰囲気を今に残しています。

また、大徳寺は茶の湯の世界とも縁が深く、武野紹鴎・千利休・小堀遠州をはじめ多くの茶人が大徳寺と関係をもっています。

伽藍は勅使門から山門、仏殿、法堂(いずれも重文)、方丈(国宝)と南北に並んでいます。

立派な山門は、二層になっていて連歌師・宗長の寄進で享禄2年(1529年)下層のみが竣工し、 天正17年(1589年)、千利休が上層を完成させて「金毛閣」と名づけられました。 利休の恩に報いるために寺は上層に雪駄を履いた利休の木像を安置、このため門を通る者は利休の足下をくぐることになり、 これが豊臣秀吉の怒りをかって利休切腹の一因となったといわれています。


<大徳寺・山門>


<仏殿>


<渡り廊下>

大徳寺は塔頭22あまりありますが、大部分の塔頭で一般参詣を認めていません。、 常時拝観可能な塔頭は龍源院、大仙院など少数です。

今回は、龍源院を拝観してきましたので、ご紹介しましょう。

大徳寺南派の筆頭寺院。塔頭の中で一番古く、創建は室町時代。 豊後の龍吟庭・東滴壷・阿吽の石庭など5つの庭を有していることで有名です。


<龍源院>


<龍源院庭園・一枝担(いっしたん)>


<龍源院庭園・東滴壺(とうてきこ)>


静かに庭と対峙する環境がそろっている大徳寺はゆったりとしたそぞろ歩きにもおすすめです。

DATA
京都市北区紫野大徳寺町82−1
TEL:075−491−7635