特集:「My favorite parks 」

【27】重森三玲庭園美術館(旧重森邸)・・A


以前にテレビのCMで見た美しい日本家屋と石庭がとても印象深かったのですが 後日それが旧重森邸で現在は重森三玲美術館として予約制で見学できることを 知りました。


<重森邸前から吉田山と吉田神社の鳥居が見える>

そこは京都市左京区の吉田山の麓にあり、三玲は1943年に吉田神社の社家の 江戸期の荒廃した家屋を譲り受けて、本屋・書院を修理・保存して終生の居と したのでした。自らの設計で二つの茶室・茶庭・坪庭なども加え新旧融合した 私的空間です。

玄関から無字庵[茶室@]庭園の入口を入るとまず目に飛び込んでくるのは圧倒 される立石群、苔の緑と砂の白さです。


<床の間に飾られたー林泉ー>

しかし、書院の三玲の書「林泉」の飾られた床の間の前に正座し、薄暗い室内 から建物の額縁を通してみる生の絵画は実にしっくりと馴染んでいます。


<額縁を通してみる>

次に縁側に出れば景色はまた急に変化し、大海原の向こうには島々が浮かび中心 には蓬莱山が望めます。そこを目指して進む船(方形石)が波間に一艘、眼下の 洲浜には波が打ち寄せています。海と洲浜の地割は「くの字」に曲がって穏やかに 奥の茶室、好刻庵[茶室A]へと続きます。


<勇ましく進む船ー方形石>


<茶室前の蹲と踏み石ー蹲の前に立つ気高き富士山>

今は登録文化財である旧くて格式高い建物と三玲の石庭は江戸の頃から既に このような姿であったかと思うほど調和しています。

超モダンに見受けられる三玲の庭は、実は古来からの伝統を踏襲したのち、 自分なりの作庭を新たに生み出したことがよくわかりました。

「永遠のモダンを求め続けたアヴァンギャルド」三玲の生活の場、仕事の場、 人々を茶で迎えた場の氣が伝わって来る庭です。


<春には2本の桜が色を添えます>

余談ですが、ミレイ三玲という名は彼が29歳の時に戸籍上の名前、計夫(かずお)を改め 画家・ジャン・フランソワ・ミレーにちなんだのだそうです。

また、5人の子供たちの名をカント完途・コウエン弘淹・ゲイテ ?氏(?は熱の上部)・ユウゴ由ク ・バイロン貝崙と名付けているのも彼の一途な性格を物語るエピソードと思いました。


<紫陽花、京都では粽をこのように飾りますが初めて見ました。
さすがです!>



重森三玲庭園美術館
京都市左京区吉田上大路町34
電話:075-761-8876(予約観覧制・有料)

参考図書・シリーズ京の庭の巨匠たち1
「重森三玲ー永遠のモダンを求め続けたアヴァンギャルド」京都通信社、2007












 

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[ 作者プロフィール ]

Caco
ガーデニング・
プランナー

農学部卒業後、ご主人と造園設計事務所を開所。現在に至る。

趣味:旅行、ガーデニング、テニス、絵本

トップページの「プロムナード」と「一鉢から始めるガーデニング」、新連載「私の好きな手仕事」は、ケータイ・サプリwebマガジンのための書き下ろしです。
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