My Favorite Travels And Places
(私の好きな旅と場所)

12.グルノーブル(Grenoble)

今回は、パリから約500Km TGV.で3時間余りのフランス南東部ローヌ・アルプス地域圏イゼール県の県庁所在地であるグルノーブルを訪ねます。

【はじめに】

ローヌ・アルプス地域圏には、リオン.ヴィエンヌ.グルノーブルなどローマ時代からの歴史や文化を伝える古都が点在しています。又、これまでにシャモニー(第1回:1924年)グルノーブル(第10回:1968年)アルベールビル(第16回:1992年)と3回の冬季オリンピックが開催もされているウインタースポーツのメッカで、ヨーロッパ屈指の観光地.リゾート地としても知られています。

グルノーブル郊外のシャムルース・スキー場で開催された1968年の第10回冬季オリンピックでの、フランスのスキーヤー.ジャン・クロード・キリー(Jean Claude Killy 1943年-)がアルペン競技の大回転.回転.滑降の三種目で三冠に輝いた快挙と、フランシス・レシャンバック(Francois Reichenbach 1921-1993年)監督とクロード・ルルーシュ(Claude Lelouch 1937年-)監督に作曲家フランシス・レイ(Francis Lai 1932年-)による美しい映像と印象的な旋律の記録映画「白い恋人たち」(13 Jours en France)を思い出される方も多いことと思います。

グルノーブルは、ヨーロッパアルプスにつながるベルドンヌ山脈.ベルコール山地.シャルトルーズ山脈にいだかれ、これらの山々を源とするイゼール川とドラック川の合流域に位置する山紫水明の街です。

晴れた日には、ヨーロッパアルプスの主峰モンブラン(標高4810.9m)をはじめとする美しい山々の自然景観を望むことができる風光明媚な街でもあります。

<バスティーユ城塞からのヨーロッパアルプスの山々>



<バスティーユ城塞を結ぶロープウェイ>


【学術都市】

グルノーブルは、フランスを代表する学術都市として、多くの科学者や技術者をそだて世界に貢献してきた街でもあります。

現在も世界をリードし貢献する主な研究機関に次の研究所が上げられます。

・CEA -Leti :フランス原子力庁/電子情報研究所
・ESRF  :欧州シンクロトロン放射光研究所
・ILL  :ローエ・ランジュバン中性子研究所
・ISB   :構造生物学研究所
・EMBL  :欧州分子生物学研究所
・IAB   :アルベール・ボニオ腫瘍学研究所
・CNRS :国立科学研究センター研究所群/ルイ・ネール磁気研究所


こうした学術都市の基盤は、1394年フランス出身のローマ教皇ベネディクトゥス12世(Benedictus XII 1285-1342年)によるグルノーブル大学の創設に始まります。

現在4つの大学と研究機関には、約6万人の学生や研究者が勉学や研究に取り組む学術都市です。

【アルプスの十字路】

グルノーブルの名前は、3世紀にケルト系のアッロブロゲース族が居住する"Cularov"と言う名の村にローマ帝国が街を築き、380年にローマ皇帝グラティアヌス(Flavius Gratianus 359-383年)がおとずれグラティアノポリス(Gratianopolis)と呼ばれるようになったことに起源します。

グルノーブルから西北にパリ.リヨンへ南にマルセイユへ東にイタリア、そして北東にスイスへと結ばれる結節点もあり分岐点でもあります。

そうした交通の要所としての立地は、繁栄をもたらす一方ローマ帝国の崩壊後ブルグント王国領.フランク王国領.ヴィエンヌ伯領.サヴォア領.フランス王国領と領有権や統治権がたびたびうつり混沌とした歴史をかさねることにもつながっています。

今日見られるバスティーユの城塞は、ローマ帝国時代の小さな要塞が、こうしたヨーロッパ中世の不安定な社会情勢を受けて、16世紀にフランソワ1世(Francois I 1494-1547年)により本格的に築かれたフランスで最も大きな城塞としての名残と言えます。

【21世紀への取り組み】

街の概観・歴史から少し内容が移り、専門的なお話になりますが、グルノーブルでの都市計画における21世紀への取り組みを最後に御紹介いたします。

20世紀に入り急速に発達.発展した自動車交通は、様々な恩恵をもたらす一方で様々な問題や課題も提起しています。

環境問題や交通渋滞や混雑による交通手段の利便性の低下はもとより、都市機能を妨げるなど多岐におよびます。

そして、こうした交通問題は、今や世界的な課題となっていると言っても過言ではありません。

これらの問題や課題に対し、1970年代に画期的な交通システムとトラム (Tram=路面電車=LRT)による取り組みがグルノーブルで始められています。

この交通システムとトラムが導入されるのは1987年ですが、その内容は次の通りです。

 1.トランジットモールの設定
  人と公共交通トラムによる交通システムにより、車の乗り入れを規制した
  トランジットモールの設定。
  (グルノーブルでは、中心市街の約1.4Kuのトランジットモールを設定
  しています。)

 2.シームレス・システムの開発
  鉄道とトラム.トラムとバス.バスとトロリーバスなどの公共交通が相互に、
  背中合わせや並列に整備されたプラットホームのシームレス・システムの開発
  により、結接性や利便性の向上が図られています。
  (車より便利な市民の足として)

 3.高機能トラムの開発
  TGVを開発したフランスのアルストム社により車軸を設けず段差のない
  ノンステップで静かな低床車両の高機能トラムの開発がされています。

 4.クロススパン・システムの実施
  建物と建物.建物と構造体を結ぶ架線によるクロススパンによる送電システムの
  実施がされています。
  (電柱がなく歩行者の機能や視覚を妨げることがなく、安全性が高い街路を形成
  もしています)

 5.情報の伝達システムの開発
  利用者に対し、トラムの運行状況がビジュアルに伝えられる伝達システムを
  停留所に設置することにより、乗客の時間待ちなどストレスの解消や効率的な
  利用の向上を果たしています。

 6.「交通権」の履行
  グルノーブルでは、身障者や老人をはじめとするマイノリティーに対する
  市民意識が高く市民運動や活動が活発であったことに加え、フランスでは、
  1982年にマイノリティの移動の権利を保障する交通基本法「LOTI」が
  制定され「人の交通権」が確立されていたこともトラムの整備を後押し
  しています。
  (日本では、ハートビル法が2000年に整備されています)


<グルノーブルのトラム>


1987年に新しく導入されたグルノーブルのトラムは、現在の交通問題に対する哲学的意志を持って導入され、市民の合意のもとに時間をかけて築かれた21世紀への取り組みであったと言えます。

このグルノーブルのシステムとトラムによる取り組みは、今やフランス国内はもとより、世界各国に移植され、日本でも既に考え方やシステムが導入されてもいます。

時間をかけた哲学的でもある都市交通問題に対する挑戦と、市民権を得て生活に定着したトラムが走るグルノーブルは、私の好きな場所(街)でもあります。



【参考図書.他】
・「nouveaux regard sur Ies Arpes」Antoine Berger/Samuel
Bitton/Vincent Faver/Xavir Jamonet:Declics(2008年)
・「Grenoble」Florence Lelong/Jean Louis Larocbe:sur Ies presses(2006年)





【作者プロフィール】
相馬正弘(そうままさひろ)
・京都市出身
・設計事務所を開設し、地域計画.都市計画.公園計画を中心に活動中
・大学の講師として後進の指導も
・趣味は、旅行.テニス

新連載「My Favorite Travels And Places(私の好きな旅と場所)は
ケータイ・サプリwebマガジンのための書き下ろしです。
使用されている写真の著作権は相馬正弘さんと記載されている方にあります。