My Favorite Travels And Places
(私の好きな旅と場所)


29.ブッシュミルズ(Bushmills)


【はじめに】

今回は、アイルランド島北東部イギリスの北アイルランドに属するアントリム州(Antrim)ブッシュミルズ(Bushmills)を訪ねます。

北アイルランドのアイリッシュ海(Irish Sea)に面する海岸線は、コーズウェイ.コースト(Causeway Coast)と呼ばれ、ポートスチュワート(Portstewart)からバリーキャッスル(Ballycastle)にいたる約52kmの風光明媚な自然景観の続く景勝地です。

この地域に世界中から年間約200万人の観光客が訪れています。そして、ブッシュミルズは、このコーズウェイ.コースト観光の拠点のーつとなっています。

<コーズウェイ.コーストの観光地 >


<コーズウェイ.コーストの海岸 >


 

【ブッシュミルズ(Bushmills)】

ブッシュミルズへは、首都ベルファスト(Belfast)から車で国道2号-国道26号-県道66号を北に約100km2時間ほどです。

海岸から内陸に入ったなだらかな丘陵地を流れるブッシュ川(River Bush)に沿ってひっそりとたたずむ街です。

<ブッシュミルズの丘陵 >


ブッシュミルズは、地名が表す通りの‘木立の中の水車小屋=Bushmills’を思わせる風景に包まれ、今にも水車の音が聞こえてきそうな人口約1300人の靜かな街です。

このブッシュミルズの街が有名なのは、約400年の歴史を持ち街の名前と同じ銘柄の‘ブッシュミルズ=Bushmills’(アイリッシュ.ウィスキー)を製造する蒸留所に、同年に開業した駅馬車の宿‘ブッシュミル.イン=Bushmills Inn’があるからです。

【ウィスキーの故郷】

ブッシュミルズはウィスキーの故郷と言われていますが、蒸留酒(ウィスキー)の起源には諸説があります。

紀元前800年頃中国で海水を水と塩と分ける蒸留技術が生まれ、8世紀頃中東にこの技術が伝わり蒸留酒が生まれたと言われています。

しかし中東のイスラム教圏では、禁酒を規範とすることから蒸留酒がひろまらず、11世紀に十字軍によりキリスト教圏(ヨーロッパ)にその蒸留技術が伝わりワインからブランデーやコニャックが林檎酒からカルバドスなどの蒸留酒が製造されひろまったとする説。

又、10世紀頃のヨーロッパで卑金属から貴金属を精錬する職人が仕事で使っていた蒸留器に、醸造酒(ワイン)を入れたところ味の良い液体が生まれ不老長寿の妙薬とし愛飲され、ラテン語で命の水を意味するアクアヴィッテ(Aquqvitae)と呼ばれたのが蒸留酒の始まりだとする説などがあります。

アイルランドへは、10世紀頃にキリスト教宣教師によりスペインやフランスから蒸留技術が伝えられ薬酒として主に修道院などで製造されます。

そして、ケルトの人々がこの技術を用いて大麦から醸造されたビール(粗製)を蒸留し飲まれるようになったものがアイリッシュ ウィスキー(Irish Whiskey)の始まりとされています。

やがてその蒸留技術がスコットランドにも伝わりスコッチ ウィスキー(Scotchwhiskey)が誕生します。

こうしたことからアイルランドがウィスキー発祥の地とされ、故郷と呼ばれるようになります。

そしてブッシュミルズ.ウィスキー蒸留所(Bushmills Distillery)では、1490年からウィスキーの製造が始められたことが記録されています。

1608年には、当時イングランド.スコットランド.アイルランドの国王であったジェイムスT世(Charles James Stuart:1566-1625年)から蒸留免許を受けた、世界最初の国公認の蒸留所で、現存する世界最古の蒸留所であることでも知られています。

創業当初から蒸留所近くを流れるブッシュ川の良質な軟水を水車で引き込み、仕込み水とした水が現在も原水として利用されています。

そして3回の蒸留の後(スコッチ ウィスキーは2回蒸留)に、シェリー酒やポートワインなどの発酵酒で使われた古い樽に5年から10年以上の時間をかけ熟成され、独特の味わいとなめらかさのある‘Bushmills=ブッシュミルズ’(アイリッシュ ウィスキー)が生まれます。

余談ですがアイリッシュ.コーヒーには、このブッシュミルズのウィスキーを入れることがコーヒー通の飲み方とされています。

<世界最古のブッシュミルズ蒸留所>



【駅馬車の宿ブッシュミルズ.イン(Bushmills Inn)】

ブッシュミルズの街を抜けるホワイト パーク ロード(White Park Road.)は約500mで、出入り口に当る北端にブッシュミルズ.インが南端にブッシュミルズ蒸留所が位置しています。

<ブッシュミルズの街(ホワイト パーク ロード)>


ブッシュミルズ.インは、ブッシュミルズ蒸留所が国公認としてウィスキーの製造を始めた同じ年の1806年に駅馬車の宿コーチング.イン(Coaching Inn)として開業します。

しかし、その後廃業し宿(コーチング.イン)は、個人の邸宅や自転車工場等に使われますが、1988年にブッシュミルズ.イン(Bushmills Inn)として営業を再開します。

17世紀の面影をとどめる木組み建物の旧館に、1820年代の街の再開発に合わせて建てられた本館1988年には新館と、幾つかの時代をかさね増築がされ今日の姿になります。

<ブッシュミルズ.イン本館>


<ブッシュミルズ.イン中庭からの本館>


かつてのコーチング.イン時代を思わせる、暖炉やアンティークな調度品で統一が図られたロビーと長い廊下に、クラシカルなインテリアの部屋と合わせ、古き良き時代にタイムスリップされてくれます。

そして、コーズウェイ.コーストを代表するこのブッシュミルズ.インは、観光に留まらずゴルフ.乗馬.トレッツキング.釣りなどを楽しむ多くの人々に人気の宿となっています。

【歴史が息づく小さな街】

ブッシュミルズは、かつての歴史をとどめそして歴史が継承される魅力ある街と言えます。

400年以上の歴史を刻むブッシュミルズ蒸留所は、地域の大麦と良質の仕込み水をはぐくんできたむ農業と環境にもささえられてきています。

そして、その立地と環境から生まれた産業(蒸留所)は、ブッシュミルズ.インを始めとするサービス業を育み、合わせてコーズウェイ.コーストの魅力ある豊かな自然や景観とが一体となり観光の発展を促してもいます。

1883年に開通するポートラッシュからジャイアンツコーズウェイ約11kmを結んでいたジャイアンツ コーズウェイ鉄道が1949年に廃線となります。

しかし、近年観光客が増加したことによりかつての一部区間ブッシュミルズとジャイアンツコーズウェイ約3kmを結ぶ観光保存鉄道として2002年に再開されています。

<1883年に世界最初の水力発電電力で走ったジャイアンツ コーズウェイ鉄道>


<再開された観光保存鉄道>



又、地域の漁業と観光を結びつけたサーモン.スティション(鮭の養魚所)などの新たな地場産業を活かした取り組みも始められています。

歴史に育まれてきた生活と産業に、新たな取り組みが加わり生きき生きとした空気が流れるブッシュミルズは、私の好きな場所でもあります。


【参考図書】
・地球の歩きかた「アイルランド」 ダイアモンド社(2010年)
・「旅」(アイルランド美しき旅) 新潮社(2009年)
・「世界の酒」坂口 謹一郎 岩波書店(1957年)
・「ウィスキーの教科書(世界の酒)」橋口孝司 新星出版社(2008年)
・「ジャイアンツ.コーズウエイ」The National Trust Office(2002年)





【作者プロフィール】
相馬正弘(そうままさひろ)
・京都市出身
・設計事務所を開設し、地域計画.都市計画.公園計画を中心に活動中
・大学の講師として後進の指導も
・趣味は、旅行.テニス

新連載「My Favorite Travels And Places(私の好きな旅と場所)は
ケータイ・サプリwebマガジンのための書き下ろしです。
使用されている写真の著作権は相馬正弘さんと記載されている方にあります。