My Favorite Travels And Places
(私の好きな旅と場所)


36.アイルランドのカラフルなドアの謎

【はじめに】

アイルランドの街や村を訪ねますと、鮮やかにペイントされたカラフルなドアが目を引 きます。

樹々の緑にも北国の澄みきつた空にも生えて美しく見えます。

赤.緑.黄.白.黒.茶.桃.紺.橙.褐・・・・・とさまざまな色に塗られている美しいドアを見ていますと、なぜに家々ごとにカラフルな色に塗り分けられているのかとも思えてきます。

今回は、この美しいアイルランドのカラフルなドアの謎を紐解いてみたいと思います。



<カラフルなドアの写真を撮った街と村>



<カラフルなドアの続く坂道(ダブリン)>



<ダブリンの街で見かけたカラフルなドア>



【カラフルなドアの塗り分けの効用】

アイルランドのダブリン.ベルファスト.アーダラ.アラン諸島(イニシュモア島).ゴールウェイと幾つかの街や村を訪ねる道すがら、ドアの写真を撮りため合わせて土産店やホテルのフロントの人達にカラフルなドアの塗り分けの効用を聞いてみました。

答えの多い順に列記すると次の通りです。

・我が家がわかり易い。
(来客の折、通りとドアの色を知らせると家がわかるそうです)

・パブで深酔いしても我が家を間違えることが無い。

・曇天の日には気持ちが明るくなる。

・郵便や宅配に家がわかり易い。

  ・自分で塗ると節約にも運動にもなる。

いずれも生活実感のこもった答えでした。

効用ではないのですが、あるホテルのオーナーが「アイリッシュマインド」だと答えて くれました。

アイルランドの心アイルランドの魂とでも理解すれが良いのでしょうか。

気になった「アイリッシュマインド」について帰国後に、その起源と意味を調べてみました。



<ベルファストの街で見かけた黒を基調としたドア>



<アーダラとゴールウェイの街で見かけたカラフルなドア>



<アラン諸島(イニシュモア)のカラフルなドア>



【ジョージアン建築様式】

カラフルなドアを良く見ますと、その多くがジョージアン建築様式(Georgian Architecture Style)の集合住宅のドアであることに気づきます。



<ジョージアン建築様式の住宅(住宅生産性研究会:戸谷英世氏提供)>



ジョージアン建築様式の起源は、イタリアの建築家アンドレア.パッラーディオ(Andrea Palladio:1508-1580年)のもとで、ルネッサンス様式の建築を学んだイギリスの建築家で都市計画家のサー.クリストファー.レン(Sir Christopher Wren:1632- 1723年)が、帰国後この建築様式を基調としタウンハウスと呼ばれる新しい集合住宅を何人かの建築家と共に考案したことに始まります。

おりしも時代を同じくして、18世紀に始まるイギリスの産業革命(1700-1830年)により、ロンドンやリヴァプール.マンチェスター等都市への人口集中が高まり、限られた土地を有効に活用し働く人々の為の機能的で快適かつ美観性の高い住宅を供給する必要性が生まれます。

こうした社会的要請とも呼応し、サー.クリストファー.レン達が考案したタウンハウスと呼ばれ集合住宅は、イギリス全土に建設されひろまります。

ジョージアン建築様式の名称は、当時イギリスのハノヴァー朝ジョージT世-W世(GeorgeT-W:1714-1830年)の歴代ジョージ王時代であったことに由来しています。

ジョージアン建築様式の主な特徴は次の通りです。

・外観.構造もシンプルで玄関を中心にシンメトリカル(Symmetrical:左右対称的)かつバランスの取れたデザイン。
・半地下式で2-3階建てが主。(4-5階建ても見られる)
・屋根は、腰折屋根(ganbrel). 切妻屋根(gable).寄棟屋根(hip roof)が主。
・窓は左右対称で上下に相似形。(階上の窓ほど少しずつ小さくなる)

イギリスは、産業革命による原材料や労働力を調達する為、インドやアメリカをはじめ世界各地に植民地化を進め社会制度や生活様式に建築様式等も移民地に移植します。

そして植民地では新たに、ジョージアン建築様式を基としたコロニアル.ジョージアン建築様式(Colonial Georgian Architecture Style)の住宅や集合住宅が建設され発展します。

アイルランドでは、当時イギリスとの併合による支配下にあり、ダブリンをはじめ多くの都市にジョージアン建築様式による街づくりが進められ住宅にカラフルなドアが見られるようになります。

【アイリッシュマインド】

アイルランドのカラフルなドアの始まりは、イギリス併合時代の17-18世紀にイギリスからドアを黒く塗るようにとの命令に、ドアのーつの色にまで指示を受けることへの、アイルランドの人々の反発と抵抗の証としドアに色を着けたのが始まりとされています。

カラフルなドアを通し、さまざまな時代の歴史にアイルランドの人々の思いの背景も見えてもきます。

アイルランドは、厳しい自然の中で有史以来の領有権や政治的な覇権争いに宗教上の確執から紛争が続き、加えて病魔(14世紀のペストの流行)や飢餓(19世紀の馬鈴薯の疫病)に経済的困窮等の時代を繰り返し今日にいたっています。

しかし、そのような幾多の苦難を克服し乗り越えてきた国でもあり人々でもあります。

そして、ケルトの文化やキリスト教(カトリック)を享受し、イギリスからの影響を受けつつ独自の文化を育んできてもいます。

カラフルなドアは、まさにアイルランドの人々のアイデンティティ(Identity:不変的連続性を持つ独自の帰属意識)を象徴するものの一つとなっていると言えます。

カラフルなドアを「アイリッシュマインド」と答えてくれた、ホテルのオナーの言葉の意味のすこしは理解できたように思えます。

アイルランドの街や村を訪ね、何となく見て歩き写真を撮りためたカラフルなドアの向こうに、厳しさと苦悩を乗り越えてきた人々の優しさと力強さを思い出させてくれますカラフルなドアを巡る旅は、私の好きな旅でもあり場所でもあります。

<ダブリンのカラフルなドア (写真アイルランド政府観光庁提供)>



<アイルランドの様々なドア(写真アイルランド政府観光庁提供)>





【謝意】
今回の執筆にあたり、アイルランド商務庁日本事務所及びアイルランド政府観光庁の取材協力と写真提供をいただき、又住宅生産性研究会戸谷英世氏にジョ―ジアン建築様式の住宅スケッチの提供をいただきここに謝意を表します。



【参考図書・引用文献】
・地球の歩き方 「アイルランド」 ダイアモンド社(2010年)
・「旅」(アイルランド美しい旅) 新潮社(2009年)








【作者プロフィール】
相馬正弘(そうままさひろ)
・京都市出身
・設計事務所を開設し、地域計画.都市計画.公園計画を中心に活動中
・大学の講師として後進の指導も
・趣味は、旅行.テニス

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ケータイ・サプリwebマガジンのための書き下ろしです。
使用されている写真の著作権は相馬正弘さんと記載されている方にあります。